煌月夢幻夜睦戯 (お侍 習作87)

       〜 お侍extra  千紫万紅 柳緑花紅より
 



 『見や。
  これは“闘魚”といっての。
  同族であれ、同じ鉢器に容れると殺し合ってしまう、
  こんなにも優美で小さいが、
  それはそれは気性の荒い魚なのじゃ。』


 深紅に染まった細身の体から、長々と連なっている、たっぷりとした赤い尾鰭。それを水中にふわり たわませて、舞うように優雅に泳ぐ様が、それは優美な天女のまとう羽衣のようで。紅蓮の絽の、振袖や裳裾をひるがえしているようで何とも美しく。こんなにも麗しい姿をしている小さな魚が、

 ―― だのに、孤でしか居られない。

 そんな有り様がお前に似ていると、事ある毎に揶揄された。斬りたくなるか、関心が沸かぬか。どちらにしても誰かと共には居られない。誰かと共にあっての、同じ道を肩を並べて辿ることなぞ、確かに自分にはあり得ないと思っていたのが嘘のよう。

 「ん…。」

 横たわったまま手を伸べれば、顔や頬を好きなだけ撫でさせてくれて。その手を分厚い胸板背中へ、かいがら骨の立つ辺りまでへとすべらせれば。雄々しい腕が軽々と、この痩躯を抱きしめてくれる。

 「久蔵。」

 この男に満たされるのが好き。他愛ない言葉の応酬も、肩に掛けてくれる温かな上着も、もっと具体的な抱擁も…好き。組み伏せられて、くるみ込まれて。精悍な匂い、熱い肌。その裡へ隆とした筋骨をしっかりとまとわせた重厚な躯が。何物かから護るように、何物へも奪われぬように。自ら逃れることさえ許さぬと、強い腕と視線とで、この自分を鷲掴んで離さない。

 “…島田。”

 誰からもその器量や徳を望まれ、慕われて。だのに、一線を越えてくる者へは褪めた眸をし、何も欲さず。自分の行く末は凍えた冥府のみと頑なに。何者をも自らからは遠いもの、彼岸のものとしてしか捉えられなかった彼だのに。

 ―― 俺が、欲しいか?

 戯言半分、芝居じみた言いようをすれば、

 ―― ああ。欲しいぞ。

 しごく大真面目な貌にて応じてくれて。この狸めがと毒づきながらも、これほどの人物にそんな固執を招く存在なのだということが、面映ゆくもじわじわと、胸底から甘い何かを滲み出させ、またとはない欣幸と感じられて…堪らない。時としてわざとに突き放しての振り回し、さんざ困らせたくなるような、そんな悪戯心が起きなくもないけれど。

 「…。」

 ああ、ダメだ。こうまで至近になったこのお顔に見つめられては、もはや呑まれてしまうしかなくなる。伏し目がちになり、何か読み物なぞへとその視線を逸らしている時の、こっちを見てはいない顔ばかりを盗み見ていた反動か。自分にだけは向かい合う和みを帯びてくれる、暖かみを滲ませてくれるこの眼差しを、誰がどうやって振り切れようか。吸い寄せられてしまったそのまま、一つになってのただただ温めてほしいとしか、思えなくなるというもので。

 「…っ。」

 髪を撫で、頬を撫でた大きな手が、そのまますべり降り、おとがいの線を掠めて離れかかるのへ、あっと。行ってしまうのかと後追いしかけたところへ、離れかけて止まった武骨な指先が、こちらの顎先を軽く捕まえ、乾いて堅い指の腹が、擽るように唇を撫でたりしてみせて。そんな風に妙に物慣れたところが、何だか偉そうで。時として癇に障ることもあるけれど。

 ―― よしか?と。

 あの深色の眸で覗き込まれての、目顔で問われてしまっては。ダメなら聞くぞと、逡巡に揺れて視線が泳ぐ間も待っていてくれるのへ、まさかに否やは唱えられなくて。

 「ん…。////////」

 瞬きながら頷けば、その途端、真摯な眼差しが見るからにほっとし、柔らかく頬笑むのは、最近思うに、もしかするとこちらへの気遣いなのかもしれない。否やと言われぬかドキドキしてましただなんて、落ち着いて考えれば…軍師には不相応な気弱さだ。初見のあのとき、撹乱もかねてのこととは言え、いきなり惚れたとほざいた奴が、同衾するたび、いちいち戸惑いの含羞みのしてどうするか。

 ―― 思っても言ってはやらないけれど。////////

 意外なほど柔らかな唇が触れて、最初は軽く、それから深く。片腕が巻きつくように回され、抱きしめられて背中が軽々浮き上がり。夜着の代わりの白い小袖が、まずは肩があらわになるほど衿を降ろされて。首条の血脈をたどるように唇がゆっくりと降りてゆくのへと、意識がふわり、浮遊する。

 ―― ああ、もっと乱暴でもいいのに。

 何も欲さぬこの男から、なのにそこまで望まれているのだと、それだけ欲されているのだと、あからさまに判るから。狂おしいほどの痴態でもって、痛いほど掴みかかってもいいのに、この肌へ歯牙を立てての力づく、凌駕凌辱されても構わぬとまで。思ってしまう望んでしまう、そんな自分の浅ましさがまた、じんと身を灼き、胸を震わす。こちらばかりが余裕がないみたいじゃないかと、それが切なくての唇を咬めば、

 「ああ、これ。」

 咬み千切ってしまうつもりかと。声を押さえてのことと思い込んだか、煽る手を止め。背やら腰やら、衣紋の上からそおと撫でてくれる勘兵衛だったりし。的を外したいたわりが焦れったいが…可笑しくもあって。

  ―― なんだ? 今度は笑い出すとは。
      何でもなくはなかろうよ。
      明かりが暗かろうと、声を出さなくとも、
      そのくらいは判ろうぞ。

 愛しい愛しいとの熱に濡れた唇へ、乾いた熱が降って来て。そのまま喰んでほしいのに、まだ熟さぬうちは惜しいと思うか、無理強いはしない優しさが憎かったのも、今は昔の話になりつつあって。互いの吐息が絡まり合うほど深く深くむさぼってまで、相手の手ごたえを求めて踏み出すことへ、いつの間にか慣れてしまっている。頬が熱くなり、ますますのこと煽られて。ああ、こんなにも欲しいと思うようになったのも、こやつのせいだ。そのうち、この熱に目が眩んでしまっての、翅まで蕩けて跡形もなくなってしまうかも知れないが。あれほど焦がれた空へさえ、二度と飛び立てなくなっても構わぬからと。そうまでの固執を自分へ植えつけ刷り込んだ、この男は絶対に、



   ―― いつか、俺が斬る。







  〜Fine〜  07.11.07.〜11.12.


  *ダメだ。ダメだダメだダメだ。
   勘兵衛様への夢が大きすぎて、
   でも、不器用な久蔵が“襲い受け”なんていう高度なこと、
   そうそう出来るとも思えなくて、それで。
   生々しいところまでがなかなか書けませぬ。
(え〜んえんノシ)
   まだまだ描写が中途半端なR指定で、どうもすいませんです。
   こんなぬるいのでも、女性向きには違いないのでしょうね。
   ページを分けなきゃと意識するヲトメな自分が、
   一番中途半端なんでしょうね、うんうん。
(くすん。)
 
 

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